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私はシャルリーではない / ポール・ストリート

2015年1月14日

恣意的な同情と評価尺度

フランスの風刺週間誌『シャルリー・エブド』 の風刺漫画家5名を含む17名のフランス市民がパリで殺害された事件は許しがたい犯罪である。言うまでもなく、この事件は厳しく非難されるべきである。しかしながら同時に、世界を見渡すと、先週のパリの殺害事件----それに対してはパリをはじめとする複数の都市で支持と同情を訴える大規模なデモが行われた----を超える大きな犯罪が複数存在していることも確かである。

今回のフランスでの殺人事件に抗議した数百万人もの記録的な群衆は、2009年5月当時、ヨーロッパや世界のどこにいたのだろうか。それは米軍の空爆により、アフガニスタン西部のファラー州のボラ・ボルク村で140人の市民が死亡したときのことである。米軍の爆撃で破壊された村の死者のうち93人は子供であった。18歳以上の男性はわずか22人だった。州知事はアフガニスタン国民議会で次のように語った。「村人たちは爆撃によって犠牲になったことを証明するために遺体をトラクター2台に乗せて知事公舎に運んだ・・・誰もが泣き叫んでいた・・・酷い光景を目にした。」[1]

2004年4月から11月にかけて、イラクのファルージャで一般市民が無差別に殺害され、救急車や病院までもがターゲットになる戦争犯罪というべき大虐殺が行われ、米海兵隊によって都市全体が破壊されたとき、今回街頭に集まったパリやヨーロッパの人びとはどこにいたのだろうか。

100万人以上のイラク人を殺害し何百万人もの人びとに傷害を加え難民にした米国がイラクを占拠している間、数百万人の人びとは一体どこにいたのか。数千人におよぶムスリムの拘留者が米国のCIAや軍事諜報局によって卑劣な拷問を受けていることが初めて報道されたときはどうなのか。2008年末と昨年夏に、屋根のない人種隔離の監獄と化したガザ地区に住むパレスチナの人びとに対して、イスラエルが大量殺戮を招く恐るべきあからさまな攻撃を加えたとき、彼らはどこにいたのか。1950年代にフランスの援助を受けて核兵器を開発し、今ではハイテク軍事力を誇り米国の得意客であるイスラエルは、昨年の7月と8月、490名のパレスチナの子供たちを殺害した。そのことについて次のような報告がある。

「イスラエルのミサイルがガザ地区の数箇所を攻撃した。その中には難民キャンプの広場やガザ最大の病院の外来棟も含まれていた。折しもイード・アル=フィトルの祭[ラマダン明けの祭]の初日であったが、その安堵の一瞬が吹き飛ばされた。医療筋によると、ガザ地区の端にあるシャティ難民キャンプ内の広場でミサイルが爆発し、7人の子供を含む8人が死亡した。シファ病院救急救命室長アイマン・サハバニは記者に、広場が攻撃されたとき子供たちはブランコで遊んでいた、と語った。爆撃を目撃した35歳のムンザー・アル=デルビが『アルジャジーラ』に語ったことによると、子供たちは回転遊具の上で遊んでいたが、ロケット弾が落ちて吹き飛ばされた---その中には知りあいの子供もいた。シュジャイヤ(イスラエルが大量の砲弾で破壊したガザの町)から逃れてきたアル・ヘロー家の子供だ。先週ここにやって来てアパートを借りたばかりだった。」[2]

11月、パリで国連気候変動枠組条約締約国会議が行なわれるが、そのときシャルリー・エブドの殺害事件に応じたのと同じ大規模な行進がパリ、フランス、ヨーロッパおよび世界中で行われることを期待しよう。人為的な地球温暖化を食い止めるための取り組みの背後にある利害関係といえば、当然、まともな未来と人間の生存という期待にほかならないはずだ。

他者の宗教を物笑いの種にすること

殉教したシャルリー・エブドの無神論の風刺作家や、原理主義者によって殺害された人たちに同情する大群衆とともに、「私はシャルリー」を唱える思いに私も駆られた(無宗教だし時には風刺を加えることもある作家として)。しかし私は何か違和感を感じる。先週の殺人は卑劣だ(この言葉をのべつ口にせねばならない気持ちに駆られるのは興味深い)と思うが、少なくとも4つの理由で私はシャルリーではない

私がシャルリーではない最初の理由は、シャルリー・エブドは公然と、傲慢に、繰り返しイスラム教を笑いものにしたが、他人や人びとの信じる宗教を茶化すことは私には不本意なことだからだ。宗教は多くの人びとにとって精神的なもので神聖なものであり、まさに個人的な事柄である。私がたまたま無神論者であるからといって、人びとが信奉する宗教上の信条や象徴を嘲笑したり風刺する権利が与えられるわけではない。

随分昔、私のマルクス主義歴史学の教授が話してくれたことだが、あるときカール・マルクスの娘ジェニーは、下らない宗教的な迷信を信じるイギリス人労働者をからかってやった、と得意げにマルクスに語った。父親から賛同を得ると思っていたところ、彼女の不適切な言動について、オールド・モールの父から厳しいレクチャーを受けることになった。マルクスは、プロレタリアートにとって宗教が必要と思われるほど陰湿で疎外傾向のある階級搾取が廃止されない限り、労働者にとって宗教は必要なものなのだと、論じた。

私はこの逸話に述べられたマルクスの心情に常々賛同しているし、真相を確かめるまでもないと思っている。他者の宗教的心情や聖像を軽蔑したり侮辱することは無神経であり政治的にも愚かである。

弱い者への追い打ち

ある人びとが疎外され、無力な存在とされ、攻撃にさらされている時や場所で、その人たちの信仰する宗教を嘲ることは道義に反することである。私がシャルリーではない2番目の理由は、反人種差別主義の論客ティム・ワイズが言うところの、風刺的な嘲笑は特権や権力に浴する人たちに向けられるべきで、弱者や貧しい人びとに向けてはならない、とする意見に賛同するからである。パリの事件のあとワイズは次のように書いている。

「フランスで、権利や存在さえも制限しようとする組織的な企てにさらされるムスリムを狙った風刺は、勇敢だとはいえない。弱い者への追い打ちである。同じように、イスラエルで政治に大きな影響力を持つユダヤ教指導者を風刺することは適正風刺の定義に当てはまるかもしれないが、ユダヤ人がイスラエルでパレスチナ人を風刺することは下衆野郎の行為に等しいといえるだろう。キリスト教徒が政治的、経済的支配力を持つ米国で宗教的右派を風刺することと、日常的にヘイトクライムの対象となり、礼拝するモスクを持つことを妨害する地域社会と対峙するムスリムを風刺することはまるで異なる---。要するに、実は権力の力学が現実の差別を作り出すのである。(宗教的、人種的、文化的、言語的、性的、ジェンダー的な理由に関わらず)構造的な暴力にさらされる人びとを風刺することは勇気ある行為ではない。まったく愚劣としかいいようがない。」

フランスの二面性

私はシャルリーではない3番目の理由は、フランスやシャルリー・エブドの無神論者は宗教を嘲るとき、多分にダブルスタンダードを呈していることである。 タリク・アリは次のように記している。

「あらゆる宗教に対して世俗的な共和制価値観を守るという使命を自認するシャルリー・エブドは、時にはカトリック教を攻撃するが、これまでユダヤ教を攻撃したことはほとんどない(イスラエルによる数え切れないほどのパレスチナ攻撃はたくさんの機会を提供していると思うが)。シャルリー・エブドの嘲りはイスラム教に集中してきた。今日のフランスの世俗主義はイスラムでない限り、何でも包容するように思える。フランスではイスラムへの排撃が執拗である---。出版の権利を守ることは、結果がどうあれ、それはそれで重要なことだ。しかし、蔓延するイスラム嫌悪の被害者を定期的にターゲットにする風刺週刊誌を神聖化することは、そういった週刊誌へのテロ攻撃を正当化する愚かさと大して変わらない。お互い様である---。」[3]

フランスの法律では、暴力や社会不安を予防するために言論の自由と集会を留保することができる。有名な反ユダヤのコメディアンが公の場に出演することを阻むために、また(さらに明かすと) パレスチナ支援のデモを禁止するために、そういった法律が行使される。国内にたくさんいる右派イスラム嫌悪者、あるいはイスラエル支持者によるデモ行進を禁止するために使われたことは一度もない。[4]

さらに悪化すると予測できた悲劇

私はシャルリーではない4番目の理由は、悲惨なパリ殺害事件とその結果は十分に予測できたということである。この風刺週刊誌が包み隠すことなくムハンマドを嘲ってムスリム教徒を挑発し続ける明らかな意思の結果、血まみれの襲撃事件が引き起こされると予測しても不思議ではなかった。殺人に至ることも想定されたはずだ。結果的に、「自由で安全な」西欧とムスリム世界との間に致命的な衝突が徐々に増えていく。

西欧の「言論の自由」

パリの殺害事件を受けて「私はシャルリー」を唱える多くの人びとは手にペンを握っていた。それは言論の自由のコミットメントを象徴するものであった。しかし、イスラムによる襲撃の恐怖を、西欧の言論への恐怖と遠まわしに結びつけるのは誤りである。もっと大規模で関連の強い危険が、大手企業やネオリベラル国家資本主義、帝国主義的イデオロギーによってもたらされている。このイデオロギーは、西欧権力構造とその構造を反映して増強する政策(終わりのない自己強化型の対テロ・グローバル戦争も含む)に、「メジャーな」記者、解説者、編集者が、真剣に異議を唱えることを阻むものである。こうした勢力のお陰で「言論の自由」は米国ではちょっとしたジョークになってきており、米国では、「キャリアを台無しにしたくない老練な記者は言い逃れの美学を身につける---最も重要な部分を回避して。彼らは自粛とバランス感覚を駆使して、政治・経済の権力者からの攻撃を免れる。」(マイケル・パレンティ)[6]
 

ムスリムという他者の死に対する「集団的自閉症」

欧米の記者あるいは評論家が、権力者に「バランスのとれた」安全を印象付ける一つの手立ては、「価値ある被害者」と「価値なき被害者」とを識別するという素晴らしい教義を順守することである。 [5] 米国主導の西欧ルールの下では、欧米と、世界規模の帝国主義的地政学による秩序に基づく彼らの同盟国が公認した敵によって殺害、負傷させられた人びとは価値のある犠牲者である。その犠牲者は共感、哀悼を受ける価値があり、殺害者を特定したり死傷の賠償、果ては復讐にいたるまで検討する価値がある。欧米やその従属国、同盟国が海外で殺傷する無数の人びとが、同じように認識され扱われることはない。欧米の政治・メディア文化ではそのような死傷者は価値のない犠牲者なのである。(米国による犯罪ともいえるイラク侵攻・占領中の死亡者の比率は米1に対しイラク200であった)

米国のグローバル戦争に対する米市民の支持率の低下を招く「死傷者嫌悪」は常に米兵の死亡についてである。米国が海外で殺害するはるかに多数の人間の数とはほとんど関係がない(1962~1975年にベトナムでは200万人以上、1990から2011年にイラクではおそらく200万人)。米国の人びとが「他者の死」を真剣に議論することを遮り、イラク・ボディ・カウントなどの「外国人の死者数を広範囲に調査する活動までも---異常に興奮した行為とする」米国の政治とメディアがコントロールする言説によって、イスラム世界で苦悩する人びとに対する 「憂慮、同情その他の欠如」や「集団的自閉症」といった西欧のびっくりするような無関心症状が生み出されるのである。(ジョン・ティルマン)[7]

他者の死に関する圧倒的な無関心という西欧のモラルは、シャルリー・エブドのような非道な殺人事件の発生を予測できる少なからぬ根拠である。西欧メディアがポロリと漏らしたように、パリの殺人者たちは、なによりも米国による(厚かましいほどの人種差別的で犯罪性を帯びた、石油支配を目論んだ)イラク侵攻・占領時の米軍によるひどい残虐行為によって「過激化した」のである。ムスリムの命に対する欧米の粗暴で冷淡なモラルがある限り、欧米はイスラム世界で犯罪を犯し、ムスリムの激怒を煽り、対テロ戦争を激化させることになろう。双方、エスカレートすることは間違いない。それによって、欧米の軍事・安全保障および偵察産業複合体の利益は膨らむ一方で、遂行されている対テロ・グローバル戦争は恒久化し、そこへ莫大な投資が行われる。

米国や欧州の市民が「私はボラ・ボルク」「私はファルージャ」「私はアブグレイブ」「私はグアンタナモ」「私はガザ」と唱えることを始めないかぎり、悪循環が断ち切られることはなく、深まるばかりである。

世俗的な、あるいはユダヤ=キリスト教的な観点からムスリムの予言者を傲慢に嘲る行為を自発的に止めることを私は強く勧める。それは中東やイスラム世界で石油支配を目論む甚だしい欧米の占領や攻撃が完全に廃止されるまで。またアラブやムスリムの人びと(イスラム教徒であろうとなかろうと)が欧州やイスラエル、米国で十分な市民・社会的権利が与えられるまで。

ポール・ストリートはアイオワ州アイオワ市の著作家、活動家。新刊は『They Rule : The1% v.Democracy』 (Paradigm, 2014)
 

1. 『ニューヨーク・タイムズ』2009年5月6日:当初、この恐怖の攻撃(2001年秋に始まったアフガニスタンとパキスタンで多数の市民が犠牲になった米国の空爆の一つ)へのオバマ政権下の国防総省の答弁は、「タリバンの手榴弾」による殺害に責任があるというものであった。ヒラリー・クリントン国務長官は罪のない人びとが犠牲になったことは「遺憾」であると表明したが、オバマ政権は米国の責任と謝罪を拒否した。対照的に、マンハッタン上空を飛行する大統領専用機を撮影するという軽率な行動によって、ニューヨーク市民に9.11を彷彿させる恐怖を与えたことには、オバマは全面的に謝罪し、ホワイトハウスの関係者を解雇した。(『ニューヨーク・デイリー・ニュース』2009年4月28日;『ロサンゼルス・タイムズ』2009年5月9日)  

2. 「ガザ運動場への砲撃で子供が殺害」 、『アルジャジーラ』 2014年7月29日

3. ティム・ワイズ 「ジョークなんてものじゃない:言論の自由や暴力、偽装ヒロイズムの考察」 TimWise.org、2015年1月8日

4. タリク・アリ 「極度の戦慄」 、『Counterpunch』 2015年1月9-11日

5. エドワード・ハーマン、ノーム・チョムスキー 『マニュファクチュアリング・コンセント:マスメディアの政治経済学』 (New York, Pantheon, 1988)、 第2章「価値ある被害者と価値なき被害者」

6. マイケル・パレンティ 『Contrary Notions』 (San Francisco, CA, City Lights, 2007), 7

7. ジョン・ティルマン 『The Death of Others: The Fate of Civilians in America's War』 (New York, Oxford University Press, 2011), 12-13.  ティルマンはマサチューセッツ工科大学国際問題研究所の主任研究員兼エグゼクティブ・ディレクター。
 


 

 
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更新日:2015-04-23 17:58:53 ozawa 9  del.icio.usに追加   はてなブックマークに追加   twitterに投稿   facebookでshare
[ 原文 ] https://zcomm.org/zcommentary/charlie-i-am-not/ サイトが基本的に翻訳推奨
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