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バスラの新生児に見られる問題は米軍の兵器がもたらしたものか? (全文) / アレクサンダー・シュモルツィック

2012年12月25日(火)

ここ数年、イラクで大きな戦闘は起きていないが、バスラとファルージャでは先天性欠損症や癌が増えている。これら地域の住民は、米軍が使ったウラン弾のせいだと考えており、その考えを正しいとする研究者たちもいる。

年老いたアスカル・ビン・サイードが話し始めたとき、酔っ払っているかのように聞こえた。あるいはまるでギリシャ神話の物語を読み上げているかのようだった。けれども、彼は何かの本を読み上げていたわけでもなく、また、バスラにアルコールはなかった。実際、こうした被造物をこの目で見たのです、と彼は言う。「額に一つだけの目。双頭の子ども。皮を剥いだ羊のような尻尾を持つ子ども。別の子どもはまったく普通に見えたけれど、猿の顔をしていました。二本の足が一つになって、半魚人のようになった少女。」

アスカル・ビン・サイードは、自分のところに連れてこられた乳幼児たちについて語っているのだった。彼は連れてこられた子どもたちを洗い、経かたびらを着せ、ビニールやカンの蓋が散らばる墓地の乾いた土に遺体を埋める。その墓地は、彼の家族が5世代にわたり所有しているもので、子ども専用である。

一つ一つの墓は小さいが、とても数が多く混み合っていて、ほとんど重なりあっていると言ってよいほどだった。誰かがセメントを満載した一輪車をひっくり返し、それからセメントが乾く前に死者の名前を命日を彫り込んだかのようだった。多くの墓には、生年月日を書くスペースさえなかった。とはいえそれは問題にはならなかった。というのも、ほとんどの場合、生日と命日は同じだからである。

墓地には数千のお墓があり、毎日さらに5個から10個の墓が増えている。これほどたくさんの墓というのは確かにとても目につくものですとビン・サイードは言う。けれども、バスラで死産の子どもや欠損児がこれほど多いことについては「どう説明してよいかわかりません」。

けれども、原因に心当たりがあるという人々もいる。ドイツ南西部の都市ハイデルベルクで発行されている専門誌Bulletin of Environmental Contamination and Toxicologyの9月号に発表された研究によると、バスラでは、1994年から2003年の間に、先天性欠損症の数が7倍に増えているという。生児出生1000件に対し、先天性欠損症は23件になる。

二倍から三倍増えた癌

同じように高い数字がファルージャからも報じられている。ファルージャは2004年【英語は2003年】に激しい戦闘があった町である。ハイデルベルクの研究によると、バスラでは、戦闘が行われなかった地域の子どもと比べて、病気の子どもの乳歯中の鉛濃度が3倍近く高かったという。
 

バスラで、これほど高い率で神経管欠損(「オープンバック」)が記録されたことはこれまでなかった。発症率は増加し続けている。この研究によれば、バスラにおける新生児の脳水腫(「水頭症」)は、アメリカ合衆国と比べて6倍にものぼる。

ジャワド・アル=アリは、1991年からサドル大学病院(以前はサダム病院という名前だった)に癌専門医として勤務している。サドル病院はバスラにあり、不吉な外観をしている。クウェートをめぐる湾岸戦争後の時期について記憶をたどりつつ、彼は次のように語った。「癌の症例が突然増えただけではありません。二重・三重の癌を患う患者が出ました。両腎臓と胃に腫瘍があるといった患者たちです。家族全員が発症するといった家族内集団発症も見られました。」アル=アリは、ウラン弾が関係していると確信している。「癌と放射線には関係があります。結果が表面化するまで10年から20年かかることもありますが。」

「ウラン弾」という言葉は、DUとも呼ばれる「劣化」した、つまり弱放射性のウランを混合したり核とした発射物を指す。ドイツ軍兵士が海外に派遣されるときには、次のような情報を伝えられる:「ウラン弾は劣化ウランを核とする装甲貫通弾である。極めて高密度であるため、非常に大きな勢いがつき、戦車の装甲を貫通することが可能となる。」

DUは、炸裂すると、微細なウラン塵となる。破壊された戦車の近くで子どもが遊ぶと、この放射性塵を皮膚や口、気道から吸収することになる。ドイツ北部のブレーメン大学が2002年に行った研究は、ウラン弾に接した湾岸戦争の退役軍人には染色体の変化が観察されたと結論している。

ドイツ国防省は、健康に被害をもたらすのは放射能ではなく、「ウランが持つ科学的毒性だ」と反論している。

ごみ捨て場に暮らす

ロンドンの英国学士院は、2002年、この問題に関してもっとも包括的な研究結果を発表しているが、扱っているのは兵士に対する潜在的な脅威に限られている。この研究は、放射線による障害のリスクは「とても低く」、ウラン塵の腎毒性リスクもやはり低いと結論している。

この結論に兵士たちはほっとするかもしれないが、モハメッド・ハイダルにとって安心できるものではない。ハイダルはバスラのキブラ地区に暮らしている。この地区は、バスラの他地区と同様、ごみ捨て場のようになっている。キブラは汚い間に合わせの店や掘っ立て小屋が集まる地区で、むき出しの下水溝にはてかてかした緑っぽい液体が流れ、中のものが腐りつつあるプラスチック容器が置かれている。

ハイダルは高校で数学を教えており、もっとましな地区に住む余裕があるのだが、余計な金をすべて娘のルキヤの治療につぎ込んでいる。ルキヤや3歳で、ハイダルの膝の上に腹話術師の人形のように座っている。おさげ髪にリボンを付けた愛らしい少女であるが、きちんと歩くことも話すこともできない。

ハイダルがルキヤの体を回すと、背中に開いた穴が二つ見える。ルキヤは脊椎裂----脳水腫の外的症状である----で、過剰な脳脊髄液を取り除くためのドレナージ管を体に埋め込んでいる。ドイツでなら、こうした症状の子どもは出産前手術を施されることがあるが、バスラではそうはいかない。実際、ハイダルと妻は、ルキヤがとにかく生きていたことを喜んでいる。彼女は二人にとって最初のそして唯一の子どもである。「二人ともバスラで育ちました。アメリカのせいだと思います。米軍はDUを使いました。私の娘だけがこうした状況なのではありません。」ハイダルはこう話す。

バスラでは、「DU」という言葉は、先天性欠損症と同様に広まっている。

バスラでは二度にわたってDU弾が使われた。1991年の戦争のとき、町の郊外で、そして2003年には町の中で、英軍が空港に向かって進軍したときである。市街地として子どもの白血病発症率がもっとも高いのはバスラ西部である。

バスラ市環境局のカイリヤ・アブ・ヤシンは「第一次戦争のときに子どもだった人たちが、今や大人になっています」と語る。彼女の推定では、バスラで使われたDU弾は200トンにのぼる。英国国防省は、イラク戦争で使ったDU弾の量は2トンに過ぎないと主張している。いずれにせよ、戦争の際、DU弾によって破壊された戦車の残骸は2008年まで路上のあちこちに積み上げられていた。

プロパガンダのネタ

子どもたちや廃品業者を瓦礫の山から遠ざけておくことはできないとアブ・ヤシンは言う。「『注意:放射能』という看板を設置しました。けれども、拳銃から発射された銃弾のようにすぐに危険がわからないので、真面目に受け止めません。」

DUはデリケートな問題で、バスラでも医者が全員、この問題についてはっきりと語りたがっているわけではない。沈黙している理由はサダム・フセイン時代からの独裁政体にもあるだろう。装甲貫通弾の残骸がもたらす放射能の危険は、プロパガンダにとっても都合のよいネタだからである。

米国の主要紙で、ファルージャで起きている遺伝子疾患について記事を掲載した新聞は一紙もない。一方、英国のガーディアン紙は「西洋」の沈黙を道徳的怠慢と批判し、化学者クリス・バスビーの言葉を引用して、ファルージャの健康問題は「これまで調査された中で遺伝子疾患がもっとも多く起きている」と報じている。バスビーはこの問題に対する二つの調査で共著者となっている研究者である。

それにしても、疾患の原因を厳密に特定することは難しい。例えば、脊髄の変形は妊娠初期の葉酸欠乏でも起こりうる。さらに、妊娠時の定期診断を受けることができるイラク人はほとんどいない。そのため、欧州や米国でとは異なり、欠損を有する胎児の多くが臨月までそのまま持ち越される。

ドイツ北東部にあるグライフスバルト大学の疫学者ヴォルフガング・ホフマンは永年にわたりバスラの科学者と共同研究を続けている。「先天性欠損症の写真は大きな心配を引き起こします」。ホフマンはこのように語る。「けれども、それらは極端な症例で、全体の傾向を把握するために必ずしも有用なわけではありません。」

ホフマンは、包括的なデータが無い点を指摘し、これまでの調査の疫学的な信頼性に疑問を呈する。しかしながら、彼は同時に、バスラで癌が増加している徴候が見られることについては極めて深刻なものと捉える必要があると確信している。バスラのデータは信頼性が高いことが理由の一つである。

【第二部に続く】

小児白血病の「有力な危険因子」の中に「汚染された環境も含まれていることには疑いありませんが、予防措置が施されていないことや、両親のトラウマ、医療インフラの崩壊などもあります。」ホフマンはこう語る。1993年以来、白血病の子どもが統計的に増えていることについては、2003年以前の記録が十分でないことも関係しているという。

バスラ小児病院の癌専門医であるジャナン・ハッサンが参加した調査研究の結果が最近、オマーンのMedical Journal of the Sultan Qaboos Universityに発表された。論文によると、2004年から2009年までバスラの小児白血病発症率に変化はないが、中東地域の他の国と比べて、とても小さな子どもが発症する傾向が見られるという。

そうした状況で、ジャナンは、反論は部分的にしか妥当しないと言う。彼女は、白血病の原因として遺伝子異常が「大幅に増加」していると指摘する。「さらに、まさに、大規模な戦闘が行われた地域からそうしたケースが出ているのです。どのような説明ができるでしょうか? 症例報告の基準が変わったと言って説明できますか?」

サブリア・サルマンは息子をムスリムと名付けたが、その名前も息子を守ることはできなかった。10歳になるムスリムは、つい最近、上腕にできた500グラムの腫瘍を切除する手術を受けたばかりである。ムスリムが苦痛で叫ぶことはもうない。けれども、いつも苦笑いを浮かべている。もう、表情を変える力もないかのように。発汗がひどく、呼吸に困難を抱えている。左腕からはドレナージ管が出ており、右腕には包帯が巻かれているが、その縁には赤い染みが付いている。

サルマンは、「筋肉に生じた癌」だと言う。「この子は二年前に肩の骨を折りました。それ以来、ほとんど治っていないのです。」

「地元周辺の爆弾」

バスラ小児病院では化学療法を行っているが、ムスリムの腫瘍には放射線療法の方が効果的である。けれども、放射線療法は、国外かバグダードでしか受けられず、5カ月の治療待ちである。サルマン家に残された時間はそんなに長くない。サルマンはアッラーに祈る。通訳がムスリムの苦しみは誰の責任かと尋ねたとき、彼女は「非難すべきなのは戦争です。汚染です。この地域には大量の爆弾が落とされました」と答えた。

ウランが一因かもしれないが、弾薬と爆弾に使われる他の物質も関係している。鉛や水銀といった毒性の重金属である。ハイデルベルクの調査は、「バスラとファルージャの爆撃で住民の重金属に対する被曝量が増え、先天性欠損の増加を引き起こした可能性がある」と述べている。

さらに、2003年にバスラ近くのルマイラ油田に火が放たれたとき、発癌性粒子を含む煤塵がバスラの町を通り抜けた。さらにもう一つの要因が関与している可能性もある。サダム政権が転覆されて以来、イラン、シリア、トルコといったイラクに隣接する国々がユーフラテス川とチグリス川からそれまでよりはるかに多い量の水を流用した。二つの川が合流して作られるシャットゥルアラブ川の水流がとても弱くなったため、ペルシャ湾の塩水がバスラにまで逆流している。

このことは、アバダンのイラン石油精製工場のような、バスラの下流にある工業施設の排水が十分に希釈されず、地下水中の重金属の濃縮が進むことを示している。

アブ・アムマルは、家族とともに、サダム政権時代の海軍司令部の敷地で暮らしている。その場所は狭く窮屈で、一部屋に10人もいる。こので暮らす他の家族の状況も同様である。バスラで見られる貧困化した地域の一つである。臭い煙のかたちで至る所で感じられるバスラ油井の富は、人々のところにまで降りて行ってはいない。

三人の子どもに目が三つ

アムマルはビニールの敷物を床に広げ、セブンアップの缶とねり菓子を訪問者一人一人の前に置いた。家族----家族のうち生き残った人たち----は敷物のまわりに座った。アムマルの兄弟二人はサダム派のギャングたちに処刑された。アムマルの隣に座ったいとこはその襲撃で受けた砲弾の破片が今も目の後ろに残っている。母親は悲しみのあまり死に、妻はずっと家にこもっている。「それから、これが子どもたちです・・・」と彼は言った。

彼が示したのは21歳の女性と7歳の少女、そして小さな男の子だった。身を寄せ合って座っていた。親は違うが、同じように面長の顔で、3人合わせて目が3つしかなかった。

欠けている目の眼窩は乳状でかたちが定まらず、牡蠣の内側のようだった。21歳のマディアは地元の単科大学に通っている。ヴェールで顔の半分を被っているといっても、やはり行きたくはないと彼女は言う。「どうしてこうなったのかって? 多分、私がお腹の中にいるとき母が何かの化学物質を吸い込んだのだと思います。」 メディアは話す。

こうした先天性欠損を米国製「DU弾」のせいにするのは簡単だ。土壌中あるいはトマトに含まれる鉛や水銀、あるいは大気中の煤煙や水に含まれる有毒物質の有害な影響を考えるよりも考えやすいからである。けれども、そうだからといって、戦争を行った者たちが責任を負う必要がないというわけではない。戦争が終わったと宣言するだけでは不十分である。イラクでは選挙が行われ、独裁者は処刑されたが、戦争は、土壌、大気、そして子どもの中で今も続いている。
 

オムラン・ハビブは、バスラ癌研究グループの責任者である。ロンドンで博士号を取り、バスラ大学病院に勤務する疫学者である。「戦争はバスラに膨大な被害を与えました」と彼は言う。「DUが健康に悪いことに疑いはありません。しかしながら、患者の尿中にウランが検出されたとしても、因果関係があるということには必ずしもならないのです。」

白装束の包み

世界保健機関(WHO)は現在、DU弾に関する報告を作成中である。この問題に関する研究の現状を反映したものになる予定だが、新たな知見を提供するわけではない。グライフスバルト大学の助力もあり、バスラ地域での癌登録が進んでいるため、今後の研究の基盤として使われることになるだろう。子どもたちのためにもさらなる調査が必要なのはわかるが、多くの人にとって手遅れとなろう。

白装束に包まれ、キャンディの包みと同様に両端を縛られ、バスラの子ども墓地の隅の土の上に横たわっている遺体にとっては、もちろん手遅れである。遺体の横に立つ父親にとって、最初の息子となるはずだった。前の日には、母のお腹の中で動いていた。今日になって、父親の手に渡されたときは白装束となっていた。

そこで働いていた墓堀人は、墓を掘りながらため息を付いた。あわよくば多くのチップを欲しいかのように。それから白い包みを穴に置き、祈りの言葉を述べて、少し包みを直し、土をかけた。脇では、少し離れたところで、鶏が一羽、土から露出したカプリソーネの缶をつついていた。

それから、男たちはタバコに火をつけた。ボール紙を受け取った父親は、病院で受け取った出生証明書兼死亡証明書を見ながら、息子の名前をそこに書いた。墓堀人が、セメントにその名前を刻むことになる。子どもの名前はフセイン・アリとなる予定だった。父親が、冷たくなった我が子の名前を書くのは、それが最初で最後となるだろう。

父親はじっと立ったままだった。この瞬間に、誰かを非難しようと考えるだろうか? 彼は空っぽで、小さな命を失って、どうしてよいかまるでわからないかのようだった。

クリストファー・スルタンがドイツ語から英語に翻訳。

【本日本語版は英語から訳出したもの】

  
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更新日:2013-02-05 09:25:25 kmasuoka 1  del.icio.usに追加   はてなブックマークに追加   twitterに投稿   facebookでshare
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