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謝辞
2011年1月1日
ヨルダン川西岸のビリン村に暮らす住人の一人が、土曜日の朝、ラマッラー病院で死亡した。その前日の金曜日、ビリン村のアパルトヘイト壁に反対してデモを行なった人々にイスラエル軍が催涙ガスを発射したショックが原因であった。
死亡したジャワヘル・アブ=ラフマーは36歳で、兄のバッセム・アブ=ラフマーも2009年4月17日、やはりビリン村のアパルトヘイト壁に反対したデモで、イスラエル軍による長距離催涙ガス弾を胸に受け、殺されていた。
ビリン村では分離壁に反対する毎週のデモが5年前から続いている。村の人々は、分離壁により家と農地が不当に分断されたと語る。2007年、イスラエルの最高裁は村人の主張を認め、分離壁の位置を移動し、村人に170エーカーの土地を返さなくてはならないと裁定した。イスラエル軍は最高裁の決定をいまだ実行していない。
分離壁に反対する毎週のデモは「壁に最後の日を」というバナーを掲げて村を出発する。イスラエル軍は、この地区は軍事区域として封鎖すると宣言し、村の周辺の道路を多数封鎖しているが、パレスチナ人とイスラエル人、国外から来た人々数百人が、村の中心に徒歩で入り、デモに参加している。
パレスチナ自治政府首相サラム・ファイヤドも、ビリンそして西岸全域でパレスチナの人々が行なっている闘いを支持する立場を示すため、デモに参加した。西岸全域の様々な場所から、ファタハの若者が金曜日に村に来て、デモに参加した。
デモの中で、活動家たちは、ビリンの分離壁を構成する金網塀の三カ所に穴をあけ、一部を撤去することができた。撤去した部分はその後、村の中央に展示された。
デモ参加者によると、イスラエル軍兵士は村に大量の催涙ガスを撃ち込み、その効き目は極めて強かったという。ガスで息を詰まらせたアブ・ラフマーは、ラマッラーの病院に運び込まれた。
アブ・ラフマーの治療に当たった医師たちは、治療への反応がないと家族に語った。その夜、彼女の容態は悪化し、土曜日の朝9時に彼女は亡くなった。
この事故について、イスラエル軍の報道官はまだ公式発表を行なっていないが、イスラエル軍筋からは、金曜日のデモで催涙ガスを通常ではないかたちで使ったことはないとの声が出ている。
イスラエル軍筋は、アブ・ラフマーの死は、喘息に催涙ガスが重なったことから来た可能性があると述べ、ガスが通常と違うものだたら、影響を受けた人はさらに多かったはずだと主張した。
ジャワヘル・アブ・ラフマーの兄バッセムが2009年4月に長距離催涙ガスで殺されてから1年以上経ってから、イスラエル軍の軍事法務官は軍の刑事調査部に対し、彼の死を調査するよう命じている。
調査が開始されたのは、アブ・ラフマーが何ら暴力的な行動を取っていなかったことを示すビデオが制作され、また、専門家が、彼を殺すことになった催涙ガス弾の弾筒が、軍の命令に違反し、直接彼に向けて撃たれたと専門家たちが証言してからのことだった。
アブ・ラフマーの死は現在も公式に捜査されているが、イスラエル軍は密かに、先月から、西岸のデモを解散させるために、禁止されている催涙ガス散弾の使用を再開した。
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